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福岡高等裁判所 平成2年(行コ)10号 判決

控訴人(原告) 株式会社ミツノ 外三名

被控訴人(被告) 福岡市

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決主文二、三項中控訴人ら関係部分を取り消す。

2  被控訴人が昭和六〇年五月一六日付け福岡市公告第一三三号で公告した福岡市都市計画千代地区第一種市街地再開発事業計画決定を取り消す。

3  被控訴人は、控訴人らに対し、各金三三〇万円及びこれに対する昭和六一年六月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  3項につき仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  被控訴人敗訴のときは控訴の趣旨3項につき担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張は、次のとおり加除し、改めるほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決四枚目表末行の「別紙」から同枚目裏一行目の「記載のとおり」までを削除し、同二行目から三行目にかけての「同法」を「都市再開発法」と改め、同四行目の「同法三条の施行区域の定めは、同法に基づく財産権に対する強度」までを「都市再開発法が第一種市街地再開発事業で採用する権利変換の手法では、権利者が事業施行前に有していた従前資産(土地建物)に対する権利は一切消滅し、新たに建築される再開発ビルの床面積に対する権利へと強制的に変換されるがその際考慮されるのは価額の照応や他の権利者との均衡のみであって、再開発法上、権利者が従前どおりの生活や営業を維持継続し得る保障は全く存しないにもかかわらず、同法三条が定める施行区域の要件においては、財産権に対するこうした強度」と改める。

二  同六行目の「第二に、」の次に「原判決別紙「原告らの主張」第一に記載のとおり」を加える。

三  同一〇行目の「いるが」を「おり、第一種事業でありながら、権利者の大部分が権利を受けて再開発ビルに入居することなく、金銭補償による立ち退きを余儀なくされることが多く、」と改める。

四  同八枚目表一〇行目の「直接的」から同一一行目の「事件)」までを、「直接的な救済手続である昭和六一年(行ウ)第一一号損害賠償請求事件」と改める。

理由

第一本案前の主張に対する判断

当裁判所も被控訴人の本案前の主張はいずれも失当であると判断するが、その理由は、次のとおり改めるほか、原判決がその理由中の「第一 本案前の主張に対する判断」欄の一及び三(原判決九枚目表三行目から同一〇枚目表一行目まで及び同枚目裏一一行目から同一一枚目表八行目まで)で説示するところと同じであるから、これを引用する。

一  原判決九枚目裏二行目の「したがって」を「そして、この段階では、施行区域内に建築される再開発ビルその他の施設、道路などの概要が具体化し、そこで展開されることになる営業や住居環境等をある程度予測することも可能になるのであるから、右の選択を迫ることもあながち不当なこととはいえないが、このように、」と、同四行目の「といえ、」から同末行までを「といえる。しかも事業計画が適法として施行されることになるのであれば、権利変換処分を希望せず、他へ転出したいと考える権利者にとっては、この段階で右事業計画決定の効力を争うことができるのでなければ争う実益がないことにもなりかねない。そうすると、事業計画決定自体の処分性を認め、右決定についての取消訴訟を認めるのが相当である。)。」と改める。

二  同一〇枚目裏一一行目の「三」を「二」と改める。

第二本案に対する判断

一  控訴人らは、前記(事実欄第二の一ないし三のところにおいて改めた原判決四枚目表末行から同裏末行まで)のとおり、本件事業の根拠法である都市再開発法は、憲法一三条、二九条、三一条に違反するものであるから、都市再開発法に基づく本件事業も憲法に違反するものである旨主張するのでこの点について検討する。

1  都市再開発法の違憲性の有無

私有財産を正当な補償の下に公共のために用いることは憲法自体が容認するところであり(憲法二九条三項)、これを受けて「都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的」として都市計画法が制定され(同法一条)、「市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的」として都市再開発法が制定されているのである(同法一条)。憲法の定める「公共のため」とは、当該私有財産の所有者のみの利益を超えた、より広い範囲の国民一般又は一定地域内の住民一般の利益を図ることを指すと解すべきであり、現在のわが国の国土の状況一般取り分け都市部への過度の人口の集中の状況に照らすと、都市計画法及び都市再開発法がその立法目的として掲げるところは、いずれも憲法の定める「公共のため」という趣旨に合致するものである。

2  もっとも他方では、右の都市計画や都市再開発は、当該施行区域及びこれに密接に関係する周辺地域の住民全体の福利の向上に資するものでもなければならないものというべきであるから、単に、当該施行区域の住民に対する正当な補償がなされれば足りるということにはならず、右住民らの総意ができる限り計画に反映されるような手続的保証があることが要請される。

3  ところで、この種事業は、おおよそ、〈1〉市による基本計画の策定、〈2〉高度利用地区の都市計画決定、〈3〉再開発事業の都市計画決定、〈4〉施行規程の決定、〈5〉事業計画決定、〈6〉権利変換計画と権利変換処分、〈7〉工事着手、という手続で行われる。

このうち、〈1〉は市内部の意思決定の段階にすぎないし、〈2〉及び〈3〉については、予めその案が公衆の縦覧に供されるものの(都市計画法一七条、なお、同法一六条により公聴会が開催される場合もあるが、必要的なものではない。)、その決定は、〈2〉については市が県知事の承認(県知事は予め都市計画地方審議会の議を経なければ承認できない。)を受けて行い(同法一九条)、〈3〉については県知事が関係市町村の意見を聴きかつ都市計画地方審議会の議を経て行うものである(同法一八条)。〈4〉は、市議会が条例の形式で定め(都市再開発法五二条)、〈5〉は、市がその案を作成し、これを予め公衆の縦覧に供し、関係権利者はこれに対し意見書を提出することができ、この意見書の審査については行政不服審査法の異議申立ての審理に関する規定が準用されるが、市はこれに拘束されるわけではなく、意見書を採択しない場合にその旨通知し、原案どおり決定することができる(同法五三条と同条による同法一六条の準用。)。ただ、事業計画決定のうち、「設計の概要」については県知事の認可を受けねばならず、認可後、事業計画は公告される(同法五一条、五四条)。

このように、〈1〉から〈5〉までの手続には、再開発事業の施行区域内の権利者の同意は、法律上全く必要とされていないし、事業上その意見を反映させる可能性も〈5〉の段階で初めて制度的に保障されているにすぎない。

そして、〈6〉の段階では、権利変換計画の案を施行者である市が作成し、権利者がこれに対し意見書を提出し得ることは〈5〉の段階と同じであるが、法はこの段階がまさに施行区域内の権利者に正当な補償が与えられるか否かが決まる時期であることに鑑み、権利変換計画は従前の土地等の価額と権利変換後の床の価額が照応しかつ不均衡がないように定めなければならないとし(同法七七条二項)、転出希望者への補償金や(同法九一条)、土地明渡しに伴う占有者に対する補償(同法九七条)についても別途規定しているほか、右意見書の採否及び権利変換計画の決定には市街地再開発審査会の議決を経なければならないとしており(同法八四条)、右審査会の構成は〈4〉の施行規程で定められるが、法律上施行区域内の宅地について所有権又は借地権を有する者を加えなければならないから(同法五二条、五七条)、これらの者の意思が権利変換計画に反映される途が制度的に保障されていることとなるし、意見書が不採択となった場合には、その提出者は従前の土地等の価額について収用委員会の裁決を求めることができ(同法八五条)、その裁決に不服のある者はさらに行政訴訟を提起することも可能である。

このように、都市再開発事業の手続における住民参加のための手続的保障は決して十分でないにせよ、それでも〈2〉以降(就中〈5〉及び〈6〉)の段階においてはそれなりの機会が保障されているものということができる。そして、当該施行区域の住民の総意といっても、その人数が相当多数にのぼるために意識や意向も様々であり、しかも、往々にして利害が複雑に絡み合い、場合によっては鋭く対立したりすることさえ十分予想されるのであるから、住民参加にもおのずから限界があることもやむを得ないところである。

4  そうすると、都市再開発法は憲法に違反するという控訴人らの前記第一及び第二の主張は採用することができない。

5  また、控訴人らは、都市再開発法は、第一種事業よりさらに要件の厳重な第二種事業を定めているが、実際上第一種事業の形式で実質は第二種事業を実施することが可能であり、同法は、右二種類の事業の区別と要件において法規範性を喪失していると主張する。しかし、第二種事業では、再開発による建築物への入居を希望しない者はもとより、これを希望する者も、すべてその土地所有権等を買収され、再開発による建築物の一部を譲り受けることを希望する者のみが権利変換によって権利床を取得するのであり、その際従前の土地等に存した担保権等は一旦消滅することになるので、担保権者の了解が得られなければ権利変換を受けることも困難となるのである。このように、第二種事業は、この点において、他への転出を希望しなければ当然に権利変換を受け得る第一種事業とは根本的に異なるのであって、このことは、本件において終始一貫して本件事業に反対していた控訴人株式会社ミツノでさえも、再開発ビルに権利床を得て、これをキーテナントに賃貸して月約九四万円もの家賃を収受していることからも明らかであり、第一種事業の形式で実質的に第二種事業を行うことは到底不可能である。

したがって、控訴人らの右主張は、その前提を欠き採用できない。

二  次に、控訴人らは、本件事業の違憲、違法を主張するが、右判断の前提となるべき事実の認定については、次のとおり改め、加除するほかは、原判決理由中の「第二 本案に対する判断」欄の一(原判決一一枚目表一〇行目から同二九枚目表初行まで)で説示するところと同じであるから、これを引用する。

1  原判決一一枚目裏七行目から八行目にかけての「第三七号証」を「第三八号証」と改め、同九行目の「八一号証」の次に「第八二、八三号証の各一ないし四、八四号証」を加え、同末行の「第七九号証、」の次に「原審証人中野長喜の証言により成立を認める乙第一号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第七四号証、」を加える。

2  同一五枚目表五行目の「六名」を「七名」と改める。

3  同一七枚目裏末行の「一一月」を「一〇月」と、同一八枚目表一行目の「五四年一月」を「五五年二月」と、同二行目の「昭和五五年」を「同年」と改める。

4  同二二枚目表二行目の「松野」を「松野喬」と改める。

5  同二七枚目表末行末尾の「市」を削り、同枚目裏五行目の「主張し、」の次に「当審証人淀川三郎及び」を加え、同六行目の「副う部分もあるが」から同七行目の「これのみで」までを「副う部分もあり、これらによれば地下鉄(高鉄局)との関係等その他でいわゆる先行買収があったことは認められるが、それが強引に行われたとの事実を認めるまでには至らず、買収に応じた権利者の権利の影響が隣家ないし商店街そのものに及んだ旨供述するものであり、これらをもって」と改める。

6  同枚目裏一〇行目の「同年」を「昭和六〇年」と、同一一行目の「同月」を「同年一二月」と改め、同二八枚目裏八行目から九行目にかけての「地域サービス施設として」を削除する。

三  本件事業自体の違憲性及び本件事業の都市再開発法違反の有無についての判断は、次のとおり改めるほか、原判決理由中の「第二 本案に対する判断」欄の二の2及び3(原判決三四枚目裏六行目から同三六枚目裏一三行目までのうち控訴人ら関係部分)で説示するところと同じであるから、これを引用する。

1  原判決三四枚目裏六行目の「2」を「1」と、同三五枚目表一二行目の「それぞれが任意に正当な補償を受けて」を「また、事業基本計画の一部変更その他の事情と経緯があったために、住民の立場からすれば種々の不満等が残るものであったことは否めないが、結局はそれぞれが自らの意思で」と、同裏九行目の「(前記一4)」を「(前記二4)と、三六枚目表一二行目の「前記一9」を「前記二9」と改める。

2  同三六枚目裏三行目の「3」を「2」と改める。

四  よって、当裁判所も控訴人らの本件事業計画取消及び損害賠償請求はいずれも理由がないものと判断する。

第三以上の次第で、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鎌田泰輝 川畑耕平 西理)

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